Share

第22-1話 厄介な存在

Author: 百舌巌
last update Last Updated: 2025-03-22 10:46:28

 保安室。

 朝の打ち合わせを行っている最中だった。

「G8会議が迫っている。 もし、関係者への狙撃を目論むのなら今日か明日だ」

「兎に角、クーカの所在を今日中に確かめるんだ!」

 室長がそう激を飛ばしている。

「あの……」

 そんな室長に先島が声をかけた。少し申し訳なさそうだった。

「ん?」

 所長が聞き返して来た。

「彼女なら昨日の夜に自分の家に来ました……」

 先島がバツが悪そうに話をした。室内に居た全員が驚愕の表情を浮かべて先島を見た。

「そうか!」

 室長は元気に返事をした。

「先ず宮田と加山はホテルの聞き込みだ! クーカに似た女の子の宿泊を訊ねろ」

「沖川と久保田はクーカに似た人物の出国記録が無いか問い合わせろ」

「藤井は会場周辺全ての防犯カメラの過去記録をチェックしろ! クーカに似た人物が写ってないか確かめるんだ」

「彼女が立ち回りそうな場所をもう一度洗いだすぞ!」

 手にしたボードを見ながら各捜査員の顔を見ながら指示を出し始めた。しかし、室内に居る捜査員は室長では無く先島を見ている。

「…………」

 途中で室長が黙りこんでしまった。それから目をパチパチさせながら先島の顔を見た。

「え?」

 室長は先島が話した内容に気が付くのが遅れたようだ。

 先島は全員にクーカとの会話の内容を聞かせた。咄嗟に携帯電話のメモ機能を使って録音して置いたのだ。クーカは気が付いているようだったが何も言わなかった。室員に聞かれる事を想定していたのであろう。

「クーカをここに連行できないか?」

 会話を聞いた室長が聞いて来た。

「首相暗殺計画の具体的な事を聞き出したい」

 目下の急務はそれだった。それに具体的な場所を示しているので全容が知りたかったのだ。

 ここまで話をしているという事は捜査に協力してくれそうだと感じたのだ。

「それに彼女が言うあの人達がすごく気になる」

 クーカが話していた『あの人たち』の部分に興味を持ったらしい。つまりは何らかの勢力が居る事を示唆している。それは公安が扱うべき事案だ。

 会話の中で具体的な事は触れて無かった。聞き出そうとしたがはぐらかされてしまったのだ。

「そんな素振りや気配を見せたら掻き消えるように居なくなると思いますよ」

 先島が苦笑いを浮かべた。

「逮捕するとか……」

 宮田が言って来た。宮田自身はクーカと相対した事が無いので彼女の強
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Related chapters

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第22-2話 炙り出し

    「相手は女の子とはいえ、超一流の折り紙付きの殺し屋ですよ?」 宮田が笑いながら言った。非現実的だと思ったのだ。「ええ分かってます。 ですが、所在不明で潜伏されるよりは遥かにマシです」 先島がそう言うと、室長は情報パネルを値踏みするように見て考え込んだ。「まあ、我々が掴んでいるのは噂にしか過ぎないからな…… 上と掛け合って見る……か」 顎を撫でながら思案顔をしていた。上部組織との交渉手順を考えているらしい。「元々、脛にキズのある奴ばかりだしな……」 そう言って室内を見回すと、全員がお互いを見ながら苦笑いをしていた。「アメリカが絡んでるとなると厄介ですね……」 藤井が言い出した。「核兵器なみに厄介な存在が行方不明の方が問題でしょう」 先島がそう言うと室長も渋々うなづいた。「そういえば藤井と連絡を取れるようにするとクーカが言っていましたね……」 先島が思い出したように言った。 藤井がゲッというような顔をする。面倒な奴と関わり合いになりたくないに違いない。 都内の雑居ビル屋上。 そのビルは繁華街から一本道路を入った場所に有る。怪しげな風俗店や雑多な零細企業の看板に彩られた普通のビルだ。 人通りは疎らなので目立たないし、夜なので屋上には人の気配は無い。恋人同士の待ち合わせには向かないが、隠れて生きる者には絶好の場所だった。 そんなビルの屋上に一人の外国人が居た。白人の男性でがっしりとした体格に高級そうなスーツで包んでいる。 ヨハンセンだ。 ヨハンセンが腕時計を見た。ついで屋上を見回してみるが人の気配が無い。 クーカはまだやって来そうになかった。(まだ、来そうに無いか……) 二人の間にはいくつかの連絡網を作ってある。その一つを使って打ち合わせ時刻と場所を指定したのだが姿を現さないでいた。(珍しい事もあるもんだな……) クーカは時間を守るタイプだ。兵隊として訓練を受けていたせいなのか、時間厳守が身体に滲み込んでいるのだ。(今の内に一服しますか……) 一息入れようと胸のポケットから煙草を取り出して一本口に咥えた。すると、横から手が伸びて来て煙草を奪い取られてしまった。 煙草は火をつける暇も無く、再び元のポケットに戻されてしまった。『鼻が利かなくなるし、気分が悪くなるから止めてって言ってるでしょ……』 クーカだった。彼女は

    Last Updated : 2025-03-23
  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第22-3話 ターゲットへの警告

     クーカが話題を変えようと尋ねきた。ヨハンセンが大人しく捕まっていたという事は、何かしらの金絡みの企てを嗅ぎ付けたに違いない。そう考えていた。『首相暗殺は本来のターゲットへの警告のつもりらしいですね』 強引で稚拙な計画には理由があったようだ。つまり、ばれやすくしたかったらしい。『本来?』 やはり、単純な狙撃では無かったようだ。仕事の内容が単純すぎるし、対象が小物の政治家だったからだ。 つまり本来のターゲットに国際的に有名な暗殺者に狙われているという事実が欲しかったのだろう。そして、それを使って脅しをかける予定なのだと考えた。『立場が上だからと言って偉いとは限らないみたいですよ。 日本って国の政治構造は……』 ヨハンセンは繋がりになりそうな人物名を言った。大人しく拘束されていた訳では無く、隙を見ては抜け出して色々と探りを入れたらしかった。彼を拘束するのなら全身を拘束できる物でなければ無理な話だ。 宗教団体と政治家が何らかの取引を巡って対立しているらしい所までは判明したのだそうだ。それが何なのかは不明だった。(どうせ、胡散臭い取引で揉めてるんでしょう……) クーカは黙ってヨハンセンの報告を聞いていた。 正義の味方を気取るつもりは無いが自分の名前を利用する輩は許さない。クーカが生きる指針であるらしかった。 ヨハンセンの話によると一人は飯田が所属していた宗教の教祖。大関光彦(おおぜきてるひこ)。これは想定内であった。 もう一人は鹿目智津夫(かなめちずお)という内閣官房長官だった。『そう…… じゃあ、鹿目の裏取りをお願いするわ…… 私は大関を探す事にするわ』 ヨハンセンは少し肩をすぼめただけだ。了解したらしい。 クーカは自分を呼びよせるのに、手間をかけた意味を調べる必要がありそうに感じていた。 都内の公園。 公園で開催される記念植樹に内閣総理大臣の町田が来賓としてやって来る。その来訪を祝うための祝檀が用意され、人々は総理の到着を待っていた。 警察は公園を中心に半径一キロを警戒区域に指定して、主に車の出入りを規制していた。通りには警官たちが立ち不審な人物に目を光らせている。 主だったビルの屋上には、精鋭SWAT部隊が配置され狙撃対策に厳戒を敷いている。 そんな中、クーカは警戒する警察官たちの間をすり抜けていった。 彼女は首相暗殺の実

    Last Updated : 2025-03-24
  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第23-0話 阻害される計画

    (しかし、あの格好って……) 狙撃手はクーカが普段着ている黒い外套を身に着けていた。(似たような格好でごまかすのか……) 黒い外套はトレードマークのつもりは無く、背中に装着させている二本のククリナイフを隠すための物だ。 他にも咎められたら拙い物を一杯持っているクーカには便利な物なのだ。(その格好を目撃させて私に罪を擦り付けると……) クーカは掃除道具入れから四角い箱を取り出して開けた。ヨハンセンが運び入れてくれたのだ。いくら何でも大きい荷物は見咎められてしまう。そこで予め運んで置いたのだ。 中には分解されたドラグノフ・ライフルが入っている。銃身はモップに偽装してある。基幹部分は一見すると窓を拭くスイーパーのような格好にしてある。 手荷物検査をされても誤魔化す為だった。 仕事が終わった後は分解せずに天井裏に隠す予定だ。それを後日取りに来れば良い。(どこまで人の事を馬鹿にしてるのよ! まったく……) しかし、ここに来るまでに尋問は受けなかったのが不思議だった。 もっとも、その日のクーカは赤く染めた髪にピアスと厚化粧。 どう見ても普通の掃除バイトする学生風だからだろう。それに小さめな女の子というのもあるのかもしれない。(人は見かけによらない…… てか?) クーカの覗くスコープに狙撃手が写っている。相手も小柄の女性のようだ。 もっとも遠景なので詳細は分からない。髪の毛を後ろで束ねているので女性であろうと推測したに過ぎなかった。 彼女はビルの風景に溶け込むように灰色のシートを被っている。 狙撃に慣れている人物なのだろう。目隠しになっているので派手に動かなければ、発見される可能性が無い偽装だ。(スポッターがいない……) 彼女を観察していて気が付いた。スポッターとは標的の確認や風向きなどをアドバイスする担当者だ。遠距離狙撃では欠かせない存在なのだ。それは命中精度に係わって来る。 ライフル弾は直進はしない。地球の重力に引かれて少し弾道が落ちてしまう。それに狙撃距離が延びれば伸びるほど、風の影響も受けやすい。それを測定して補佐するのがスポッターだ。(単独行動の狙撃手か…… 同業者?) 背格好から少年のような印象を受けたクーカは、初めてこなした仕事を思い出していた。 初めて仕事をした場所は見知らぬ中東の地だった。 相手は少年兵。もちろ

    Last Updated : 2025-03-25
  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第24-1話 潰される面子

     都内の公園。 先島たちは暗殺者の存在を示唆されたまま車の中で待機していた。 早朝に所轄の警察署で警備計画の会議が催された。『おや、珍しい方たちがいらしゃいますね?』 席に着こうとする保安室の人員は面と向かって警備部長に言われた。彼は公安警察が余り好きではないらしい。『クーカとかいう殺し屋が日本に潜伏していると情報が入った……』 警備部長が会議の冒頭から言っている。この言葉で嫌味を言いに来た意味が分かった気がした。テロリストの情報を自分たちに渡さないのは何事かという事らしい。 何故、唐突にクーカの名前が出て来たのかは謎だった。 だが、その発言を聞いていた先島をはじめとする保安室の室員たち。それは、クーカが先島に言っていた『あの人たち』の勢力であろうと推測した。『欧米で活動が報告されている凶悪犯だ。 外人を中心に警戒をするようにっ!』 警備班の班長はそう言って部下たちの士気を煽っていた。彼等は白人で筋肉ムキムキの男性をイメージしているらしかった。(いや、先日逢ったばかりなのですが……) そう言いたかったが関係を聞かれても面倒になるので黙っていた。現時点で『あの人たち』勢力がどこまで広がってるのか不明だ。室長は分からない内は何も情報を上げないつもりらしい。 会議の終わりごろに自分たちも待機していると室長が言った。『了解した。 ここは自分たちに任せて待機していてくれ』 警備警察の縄張りに入って来るなとばかりの言いようだったのだ。 そんな会議の後、保安室の室員は二人一組となって公園の周りにいた。 クーカの言っていた暗殺者の発見の為だ。 彼女に罪を着せるのならそっくりな格好をしている筈と踏んでいる。 そして『あの人たち』は暗殺計画が漏れているのを知らないはず。そこに隙が生まれるはずだった。 一発の銃声がビルの間を木霊した。 突然ビルの間を鳴り響いた発射音。それに驚いた首相はSPたちに守られたまま公用車に逃げ込んで行った。 その僅かな差で会場に轟音と共に黒煙が舞い上がった。爆弾が爆発したのだ。 通常、首相が撃たれたりした場合をSPが覆い被さって守ろうとする。そこに対爆仕様の車が迎えに来て押し込んで避難するのがSPたちのマニュアルだ。 だから、SPが覆い被さるのを前提にして爆発させれば、首相もろとも吹き飛ばせると考えたのであろう。

    Last Updated : 2025-03-26
  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第24-2話 怒らせる才能

    「じゃあ、なんで公園に人数を張り付けていたんだ?」「クーカが潜んでいるのを知っていたんじゃないか?」 呼ばれても居ない保安室の面々が、作戦指揮車まで繰り出していたので訝しんでいた者もいたようだ。「爆弾騒ぎで死傷者が十人以上出ている。 君らの責任ではないのかね」「どうして情報を共有しない。公安だからと言って好き勝手に振舞って良い訳無いだろ」「どう責任を取るつもりだ」 全員が口々に保安室を非難し始めた。それはそうだろう。厳戒の警備網を引いたにも関わらず、狙撃手ばかりか爆弾の設置まで許してしまったのだ。 失態どころの騒ぎでは無い。警備責任者が十人単位で左遷させられるのは目に見えている。 何とかして責任を保安室に擦り付けようと必死になっているのだ。「でも、クーカとか言う殺し屋は、首相では無くて謎の狙撃手を撃ち殺しましたよね?」 先島は正体不明の狙撃手の事を言っていた。公園の方に向けて狙撃銃を設置していたので、彼が暗殺犯であると推測されていた。 それでは狙撃手を撃ったのは誰なのかが問題にされていた。 もちろん、SWATチームでは無い。彼等は射撃音がするまで狙撃手の存在に気が付かなかったのだ。「結果的に助けられたのは貴方たちの方じゃないですか?」 先島が会議室で椅子に座って居るだけの面々を見ながら言い放った。全員が苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。 分かってはいたが誰も口にしなかったようだ。「うるさいっ! でていけっ!」 顔を真っ赤にした警備部長に怒鳴られてしまった。 暖簾に腕押しの状態に、とうとう警備部長は痺れを切らしたのであろう。 保安室の面々は追い出されてしまったのだ。「まったく…… お前は相手を怒らせる才能はピカイチだな……」 帰りのエレベーターで室長が笑いながら話しかけて来た。「ふふふっ、分かってて連れて来たんでしょ?」 先島が苦笑いしながら室長をみた。 先島の自宅。 警備部長にどやされた先島は家に帰って来ていた。「取り敢えず謹慎させるとでも言っておくから休め」 室長にそう言われたのだ。室長も警備部長の怒りは大して気にしていないようだった。保安室の面々は出世如きに興味は無いのだ。「はい、分かりました。 自宅から会社にアクセスしてもよろしいですか?」 別に反省している訳では無い。すこし、調べ物がしたかった

    Last Updated : 2025-03-27
  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第25-1話 やっぱり、お前じゃん

     クーカはソファーにチョコンと座って居た。外套は着たままだ。「狙撃手を始末してくれてありがとう……」 先島はクーカの前にコーヒーを置きながら礼を言った。「何の事かしら?」 クーカが小首を傾げて聞いて来た。中身はアレだが見た目は愛らしい少女である。仕草が似合っていた。「いや、そういうのは良いから……」 先島は苦笑してしまった。お互いに分かっているが認める訳にはいかないのも困ったものだ。「彼の名前は徐朋栄。中国籍だそうだ」 先島はクーカの反応を見ながら言った。知っている人物なのかも知れないと思っていた。「彼? 彼女じゃなくて?」 クーカは『彼』という単語に反応した。やはり、狙撃手を見ていたのだ。「狙撃手の特徴は報道されて無いから誰にも言わないようにね?」 再び苦笑しながら言った。 クーカが『彼女』と言ったのは『彼』が何故か長髪のカツラを被っていたからだろう。犯人が長髪のカツラを被っていたのは警察しか知らない情報だ。それを知っているのは犯人だけのはずだ。 つまり、クーカは『彼』を見ていたと自白した事になる。「……」 クーカはしまったという顔をしてから首をすくめた。(やっぱり、お前じゃんか……) あの遠距離狙撃を決めているのだから、手練れの狙撃手だろうなとは思っていたが案の定だった。 それでも先島は逮捕する気には無かった。クーカにもそれは分かっているのだろう。 だから、平気な顔して先島の部屋に遊びに来るのだ。「……本当に中国籍なの?」 クーカがちょっと考えてから聞いて来た。「どういう事だ?」 先島は妙な質問に訝しんでしまった。「北安共和国の軍人の可能性が高いわ……」 クーカはある程度は背後関係を知っているので推測したのだ。でも、その背後関係すべてを先島に説明するつもりは無かった。彼女は相棒のヨハンセンですら信用していない。「あの国の兵隊にしては高価なライフルを使っていたぞ?」 先島は藤井から届いた報告書を思い出しながら言った。「レミントンのM700は金さえ出せば調達が容易だから使ったんでしょ」 国民の生活は省みないが、武器には金を惜しまないのが北安共和国だった。「ドラグノフは調達が難しいのか?」 先島はもう少し鎌をかけてみる事にした。「ええ、難しいわね…… てか、良く知ってるわね?」 クーカは少し驚いた。

    Last Updated : 2025-03-28
  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第25-2話 泣き虫のクーカ

    「え? 『あの人たち』一派? 何それ…… 変な名前……」 クーカが口を抑えている。笑いを堪えているようだ。「おっさんの集団なんだ…… ネーミングのセンスは壊滅的に決まっているだろう」 先島が憮然としている。そこまで受けるとは思ってなかったのだ。「ヒントだけなのか?」 どちらも政財界と大型宗教の大物だった。すこし、骨が折れそうだった。「大人なんだから自分で探しなさい……」 そういってクーカはクスリと笑った。「どうして、そんな重要な情報を俺に寄越すんだ?」 先島にもクーカの思惑は手に取るように分かる。 公安が動いている事で相手を慌てさせ、隙をついて目的を達しようと言うのだろう。「私は私で鹿目に用があるのよ」 クーカはそう言った。顔は笑っているが目が笑っていない。(鹿目は臓器移植を受けてるのか?) 世界一の殺し屋は移植された臓器をコレクションしているというメモ書きを思い出していた。 何故なのか聞いてみたい誘惑に駆られる。しかし、聞き出そうとしても答えないのも知っている。「つまり、鹿目を探していると言う事なのか……」 先島が尋ねた。クーカが『探す』というのは相手を『狩る』というのに等しい。「お前さんの仕事の手伝いは立場上出来ないよ?」 呆れたとでも言いたげに先島が答える。警察が殺し屋の手伝いなどは出来ない相談だ。「そんな事は期待してないわ……」 クーカが事も無げに言った。先島の考えは概ね当たっているが肝心の獲物が分からなかった。「そう云えば覚えているかな?」 先島は少し違う話題を振ってみようと考えた。「何を?」 クーカが尋ねる。「多摩川上流の河原にある廃棄されたキャンプ場で何かを燃やしながら空を見てたろ?」 先日、初めて遭遇した際のことを言い出した。そこで見た印象でクーカの事を日本に仇なす敵と見られないでいる。「……」 先島の目には今も泣き虫のクーカとしか映っていなかった。「そうね、そんな事も有ったわね……」 クーカが思い出すように言った。というか、すぐに分かったのだが質問の意図が分からなかったのだ。「あれって何を見てたんだ?」 先島がコーヒーを一口飲む。「鳥を見てた……」 クーカは窓から空を見上げながら答えた。「鳥は風を見る事が出来るのよ」 クーカが答える。彼女の話は抽象的な物が多いなと感じていた

    Last Updated : 2025-03-29
  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第26-1話 通告

     鹿目の自宅。 鹿目の家系は江戸時代初期まで遡れる武家の出らしい。 元々は勉強が苦手で志望校をことごとく落ち、仕方なく米国の大学に留学した。そこで、超大国のありようをまざまざと見せつけられた鹿目は日本もそうあるべきと考える様になった。 親の地盤を引き継いで政治家になり、党内で様々な役職を経験した。現在は内閣官房長官になっている。 もちろん、党内ににらみを利かせる為に、自分の派閥は盤石な体制を敷いていた。 そんな政界の大物らしく立派な洋館に住んでいる。しかし、家族がいない鹿目はいつも一人だった。 朝、秘書が迎えに来るまでは日中のお手伝いさん以外は人が居なくなる。 鹿目自身は寂しいとは感じていない。むしろ人付き合いに煩わされない分助かっているとさえ思っていた。 そんな鹿目が携帯電話で誰かと話している。『……彼らは約束を守れと言っている』 相手はかなり立腹しているようだ。「守っているじゃないか」 そんな怒りなど気に留めてないかのように鹿目は話していた。 暖炉を模した電熱器からの照り返しが鹿目の顔を仄かに赤くしている。 広大な屋敷にも関わらず、夜になると屋敷には鹿目一人きりだ。鹿目の声だけが部屋に響いていた。『粗悪品では駄目だと言っているんだよ…… 実際にあれは成分分析でも違う物だと分かるぞ?』 相手は取引商品の苦情を言っているようだった。「いいや、中身に相違は無いよ。 連中の成分分析が間違っているんだろう」 鹿目は飄々とした様子で答えていた。粗悪品だろうがなんだろうが内容は同じはずだ。『北の連中は何人も代金分を払っているのに、掴まされたのは粗悪品だと怒っているんだよ』 北の連中とは北安共和国の事だ。 北安共和国は非常に貧しい。それは国際社会に馴染もうとしないので当然ではある。だが、他国と取引しようとする時に外貨が足りないと言う問題に直面してしまう。 今回はかなり高額なのでドルも円も無い彼らは、自国の人間の臓器を代金支払いに充てて来たのだ。 日本は臓器移植を希望する人は多いが、提供者は絶望的に少ないのが現状だ。そこに付け込んだ闇のビジネスが生まれるのも道理だ。『約束を守らない見せしめとして、爆弾を爆発させたと言っているんだ』 先の首相暗殺未遂を言っているらしい。本人は親切のつもりなのだろう。だが、鹿目は知っていたのか動じる

    Last Updated : 2025-03-30

Latest chapter

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第38-1話 通った跡

     地下一階。 全員が銃を構えたままエレベーターを見つめている。不意に開いた扉から何かが室内に放り込まれてきた。「手榴弾っ!」 誰かが叫んだが投げ込まれた物は、床に落ちる音と同時に炸裂した。強烈な音と閃光がホール内に充満した。「くそっ! スタングレネードかっ!」 警備隊長が自分の目を手で覆い隠しながら唸るように喋った。「撃てっ!」 だが、その掛け声よりも早く、ホール内に侵入を果たした者がいた。全員が目を離したので気が付くのが遅れたようだ。「ぐあっ!」 クーカは飛び込んで最初の男の首にナイフを突き立てた。そのままの体勢で隣に居た男の首を跳ね、返す刀で三人目の腹を切り裂いた。ナイフを使ったのは自分の存在を悟られるのを遅らせる為だ。(手前の右側に三人。 左側に二人。 左奥に二人。 右側奥に三人。 大関は一番奥の台座……) 彼女は右側の三人を始末している隙に、地下に居る人員の配置を見ていた。 男たちはいきなりの目くらましに気が動転しているのか銃を入り口に向けたままだ。次のターゲットはこの二人。その前に左奥の二人の内モニターを監視していた男にはナイフを投げ込んでやった。ナイフは男の首に刺さったが、傍に居たもう一人は咄嗟にしゃがみ込まれてしまった。牽制はとりあえずは成功だ。 クーカは腰から銃を取り出し、左手前の二人に銃弾を送り込んでいく。二人は横合いから来る銃弾に反応できずに、何が何だか分からない内に絶命してしまった。 ここまで掛かった時間は一分も無い。しかし、尚も台座に向かって突進していくクーカ。「くそっ! 小娘がっ!」 モニターの所に居た男が立ち上がって拳銃を撃って来た。しかし、クーカには当たらない。銃弾を右に左に避けながらクーカは男に迫っていく。「何故、当たらないんだっ!」 男は尚も引き金を引き続ける。しかし、銃弾はクーカの身体を捉える事無く床に後を残すだけだった。弾道が見えるクーカには無意味な行為だ。「悪鬼め……」 男の懐に飛び込んだクーカは右手のククリナイフで男の腕を薙ぎ払らった。それから、左手の銃で男の顎下から撃ち抜いた。 男は仁王立ちの状態からゆっくりと倒れていった。クーカはそのまま男の影から右奥の男たちを銃で撃ち倒した。 右奥に居た男たちはアサルトライフルを構えていたが、クーカが倒した男が邪魔で撃てなかったらしい。その

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第37-0話 偽りの施設

     工場の入り口。 ここに来るまでに妨害行為は皆無だった。工場内に兵力を集中させたと見るべきだろう。 工場の入り口には監視カメラが有った。クーカはカメラに向かって携帯電話をかざして何やら操作した。(よし…… これで時間が稼げるっと……) 彼女は強力な赤外線を放射させて、監視カメラのCCD部品を飽和させたのだ。 こうすると自動回復するまで暫くは時間が稼げる。外国の強盗団が良く使う手口だ。 普段なら銃の形をしたアイテムを使っている。だが、今回は日本に持ち込む暇が無かった。(確か…… この辺よね……) 彼女はエレベーターホールに辿り着いた。そして、ホールの隣に有る掃除用具などがある備品室に入り込んだ。 クーカは保安室で見せて貰ったビルの設計図を覚えていた。 五階にあると言う秘密エレベーターの入り口に行く気は無かった。敵が待ち構えているのは分かり切っているからだ。(入るのに手間が掛かるのなら、壁に穴を開けてしまへば良いのよ……) 彼女はショートカットするつもりなのだ。別に友好的な訪問をしに来た訳では無い。真面目に敵の希望通りに動く必要も無いだろう。 背中に背負ったウサギのナップザックを降ろして中から四角い粘土のような物を取り出した。(加減が難しいのよね……) 壁に粘土のような物を張り付けていく。映画やドラマでお馴染みのC4爆薬だ。自在に形を変えられるので、こういう作業には向いている爆弾だ。(ん?) 爆薬を壁に張り付けていると、エレベーターの動作音が聞こえて来た。(誰か降りて来る……) いきなり監視カメラが使えなくなったので様子を見に来たのであろう。「……」 仕掛け終わったクーカは爆弾を爆発させた。爆弾の爆風は動作していたエレベーターの安全装置を作動させ停止させてしまった。(これで何人かは閉じ込める事が出来たっと……) 懐から降下用器具を取り出し、エレベーターのワイヤーに固定した。これを使って一気に降りるのだ。爆破音が響いた以上は、敵に何が起きたのかは伝わってしまったはずだ。 固定を確認するとクーカは中空に身を躍らせた。降下器具はゆっくりとだが彼女を静かに地下へと降ろしていく。(地下には何人いるのかしら……) 降下しながらクーカは考えた。もっとも敵の数は彼女にとっては問題では無い。掛かってしまう時間の方が問題だった。だから、

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第36-3話 闇に紛れる者

     道半ばまで来た時に不意にクーカが立ち止まった。工場入り口までは一本道だ。迷うような場所では無い筈の場所だ。「右に三人…… 左に二人…… 化学工場に狙撃者が一人いるわ……」 クーカがそう呟いた。「……」 目を凝らしたが先島には見えなかった。 不意にクーカが空中に何かを放り投げる。次の瞬間。辺りは閃光に満たされた。 彼女が使ったのはスタン・グレネードにも使われる、アルミニウムと過塩素酸カリウムで練り込んだお手製の閃光手榴弾だ。きっとヨハンセンが作成してくれたものであろう。 襲撃されるのが分かっているのに暗くしている理由は暗視スコープを使用しているからだ。クーカは相手の視覚を奪って有利に事を運ぼうとしていた。(いやいや…… 先に言ってよ……) 先島が閃光に戸惑って立ち止まっていると、通用道路の右側を目指してクーカが走り出した。走ると言うよりは飛び込んでいくと言う方が合ってるのかもしれない。それと同時にククリナイフを外套から覗かせているのが分かった。「うぐっ」「そっちに行ったぞっ!」「ぎゃっ!」 声を掛ける間もなく暗闇の中から叫び声が聞こえた。銃声が聞こえない所を見ると相手が構える前に始末をつけているらしい。「仕事が早いな……」 先島も弾かれたように左側の樹の根元に銃弾を送り込んだ。ほんの一瞬だが人が居る気配がしたからだ。「ぐあっ!」 樹の根元に居た一人に命中した。目線を上に向けると樹の上にもう一人居るのに気が付いた。 上半身を起こしている。狙撃するつもりがいきなりの閃光で気が動転していたに違いない。無防備な状態で顔から暗視スコープを外そうとしているらしかった。 先島は続けざまに銃弾を送り込んでやった。樹の上の男はスローモーションのように落ちて行った。 その様子を見ていたクーカは先島に近寄ろうとした。すると。ヒュンッ クーカの耳元を何かが通り過ぎ、傍の樹木に弾痕を作った。狙撃されたのだ。(そういえば狙撃手が居たわね……) 足元を見ると倒れた男はライフルを持っていた。クーカはそれを拾い化学工場に向かって立膝で構えた。狙撃手を片付ける為だ。 大体の所に狙いを付けると引き金を引く。自分の狙撃銃では無いので撃ちながら調整する為だ。 一発目。(左に逸れている……) 二発目。(右に逸れた……) 三発目。(これでお終い……

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第36-2話 凄い装備

    「すごいじゃない……」 クーカが先島の射撃の腕を褒めていた。先島はニンマリと笑っていた。褒められたのが嬉しかったらしい。 だが、追っ手の車は一台では無かった。直ぐに新手が現れた。「ありゃりゃ……」 先島はガッカリしてしまった。そんなに予備弾倉を持って来て無いからだ。 元より日本の警官は銃を撃つことは無い。相手が銃器を所持している事が少ないし、銃撃戦が想定される時にはSWATチームへの出動要請を行うからだ。 先島は再度車の方向転換を行い正面を向いて車を走らせた。バックだけではすぐに追いつかれてしまうからだ。「弾倉を変えてくれっ!」 先島はクーカに銃を渡した。車の操縦に忙殺されているからだ。 銃を渡されたクーカは先島の胸のポケットから予備の弾倉を取り出して取り換えた。 そして、クーカが助手席の窓から身を乗り出して追っ手の車に銃撃を加える。 もっとも撃ったのは一発だ。しかし、彼女には一発で十分だった。追っ手の車から身を乗り出して撃っていた男は、仰け反ったかと思うとうな垂れてしまったのだ。「やっぱり、凄いな……」 その様子を見ていた先島は苦笑しながら運転を続けていた。追っ手の車は急に減速していくのが見える、次は自分の番だと思ったのであろう。(やはり自分の銃じゃないと駄目ね……) どうやら狙いを外してしまったらしい。彼女は相手の拳銃を撃ち落としたかったのだ。クーカは一発で決める事が出来なかった事を反省していた。 警備の詰め所は無人だった。車はそのまま工場の敷地内に侵入して駐車場にやってきた。工場入り口まで行きたかったのだが車止めがあったのだ。「どうやら俺たちが来る事はバレバレだったみたいだな……」 一見すると無人に見える工場を眺めながら先島が呟いた。「ええ、歓迎の準備は整っていると見るべきね」 そういうと車を降りていった。「……」 先島は少しため息をついた。もう少し大人を頼りにしても良いのにとも思っていたのだ。「貴方も行くの?」 一緒に車から降りた先島に、拳銃を返しながらクーカが尋ねた。「ああ、色々と問題はあるけど日本を守るのが俺の仕事だ……」 先島は拳銃の残弾を確認しながら答えた。「そう……」 クーカはそう言ってスタスタと先に歩き出した。日本を守る云々は興味無さそうだった。先島は少し肩を竦めて後を付いて行く。「その

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第36-1話 銃弾の火花

     都内湾岸地域。 夜中の都内湾岸地域。 海岸沿いの道をクーカは一人歩いていた。鹿目の工場に向かっているところだ。 本当はヨハンセンに送って行って貰おうとしていたのだが、生憎とクーカの脱出経路の準備に忙殺しているらしかった。 そこでクーカはテクテク歩いて向かう羽目に成ったのだ。 普通、夜中に女の子が歩いていると、厄介な連中に絡まれてしまうのを心配するものだ。だが、工場地帯の真ん中では車すら滅多に通らず心配は無用なようだ。 もっとも、何も知らずにクーカを襲うと後悔するのは犯人の方であろう。 すると、そこに一台の車が接近して来た。車はクーカを追い抜く事も無く並走するような感じで速度を緩めた。「……」 クーカが車内を見ると先島がハンドルの上で両手を広げていた。敵意は無いと言いたいのだろう。「……」 クーカは静かにため息を付いて助手席に乗り込んだ。どうせ無視してもしつこく付いて来るのは分かっていたからだ。 先島はのほほんとしてる風を装うが、事態の推移を自分の望む方に誘導しようとする。中々厄介な奴だとクーカは考えていた。「やあ、お嬢さん。 偶然だねぇ…… どちらまで?」 先島がニコヤカに聞いて来る。(笑顔が張り付いている……) そうクーカは思った。愛想笑いが苦手なのだなとも思っていた。「同じ処よ……」 クーカはシートベルトを体に付けながら答えた。(分かってる癖に……) 先島が工場の存在を海老沢から聞き出したとヨハンセンから予め電話で知らされている。つまり、クーカが先島に近づいた目的も感ずいているに違いなかった。 クーカは研究所にあると思われる両親の臓器を探したかったのだ。「ははは。 じゃあ、一つだけ…… 相手をなるべく殺さないようにね?」 先島はクーカの方を見ずに言ってきた。「…… 努力はするわ ……」 クーカが仕方なく返事をした。敵を殺さないで無力化するには結構手こずるものだ。 体力勝負になると自分自身が危なくなってしまう。 返事とは裏腹に手加減はするつもりは最初から無かった。「後処理が面倒なんだよ……」 先島が車を運転したままに続けた。車は一路工場へと向かっている。 その言い分にクーカはキョトンとしてしまった。「そっち?」 てっきり人を殺める方を咎めているのかと思っていたからだ。 クーカを車に乗せた先島は鹿

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第35-0話 愛国者の掟

     保安室近辺。 藤井あずさが帰宅しようと歩いていると一台の車が寄って来た。 車が藤井の傍に止まると車の運転席が開き、男が小走りで藤井の傍に来ると耳打ちした。 促されるように身を屈めて中を覗き込むと、後部座席には老人が一人いた。鹿目だ。 藤井はそのまま後部座席に乗り込み鹿目に報告を始めた。「先島が生物兵器の存在に気付いたようです……」「……」 鹿目は何も言わずに藤井の話を聞いていた。「海老沢から工場の構造などの情報を収集して向かいました」「……」 鹿目は黙ったまま話を続けよとでも言いたげに頷いただけだった。「クーカも同様に保安室から情報を入手して向かっています……」 藤井は座席に座ったままで老人に報告をしていた。「手の者が手厚く迎えてくれるじゃろ……」 徐に口を開いた鹿目が答えた。手の者とは大関の部下たちだ。「彼女は貴方を許さないと思いますが……」 藤井は伏し目がちに聞いてみた。 鹿目が作る生物兵器はまだ研究の途上だ。政府機関が表立ってやるわけにはいかないので、鹿目が代わりに研究してやっているのだ。それを咎められる筋合いは無いとも考えていた。 平和平和とのんきにお題目を唱えていれば、日本への脅威が無くなるわけではない。 世界大戦後に局所的紛争しか発生しないのは、核兵器による暗黙のルールがあるお陰だと鹿目は考えている。 日本が核兵器を所持する事が出来ない以上は、それに替わる兵器を所持するべきなのだと信じているのだ。 その一つが生物兵器だった。勿論、生物兵器禁止条約で禁止されている品目だ。 だが、世界各国は絵空事など気にもとめないで研究している。 そこで日本も対抗策として行うべきだと鹿目は考えていた。 生物兵器の一つが完成が近かったのだ。そして、研究の完成にはクーカの両親のDNAが必要だったのだ。 海老沢の体から取り出した臓器を、他人の物とすり替えたのも鹿目の指示だった。 クーカが臓器が偽物だと何故気がついたのかは謎だった。それは、もはやどうでも良い問題だ。 問題は研究施設の安全をどうやって守るかだ。 幸い、保管庫は自分か大関かの生体認証が必要だ。 認証の為には右目の中の虹彩と、右手中指の静脈の両方が必要だった。 しかし、人間が作ったものに万全が無いのも事実だ。 ならば、脅威であるクーカの始末をすれば解決した

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第34-3話 植物工場

     ところが改良が巧く行ってないらしいとも言っていた。しかし、それは鹿目の事情で在り資金を提供している北安共和国は関知する所では無い。早急に結果を出せと迫られているらしい。「未来永劫で役立たずのデ……首領様に導いて欲しんだとさ」 海老沢が再びクックックと笑っていた。「その細胞を根本的に改良する為に、クーカの両親のDNAが使われる予定だったのさ」 ひとしきり笑ったのちに付け加えた。(それで鹿目の事を知りたがっていたのか……) クーカが鹿目に拘っていた理由が判明した。彼女はDNA情報を葬り去りたいのだと思った。「最終的には北安共和国の首領のクローンを作成するのが目的だと聞かされているがね……」 その為にクーカ一家の細胞(Q細胞)が必要であった。 それを手に入れようとしたチョウは、エバジュラム国まで出向いたがクーカの妨害により失敗した。 チョウの失敗に激怒した北安共和国諜報機関はチョウの家族を労働矯正収容所に放り込まれてしまったのだ。「その生物兵器の情報を、三文小説家にリークしようとしたんで消されたのさ」 家族の窮状を知ったチョウはクーカを逆恨みしていたのだった。「そこで百ノ古巌が出て来るのか……」 先島がポツリと漏らした。「誰だって?」 だが、名前を聞いた海老沢は首を傾げた。自称社会派ジャーナリストの小説家の名前までは知らなかったようだ。「知らないんならいいよ。 死んじまったし……」 先島が答えると海老沢は首を少しすくめた。死んだ者には興味が無いのだろう。「それで、秘密工場は何処に有るんだ?」 先島が話を促すように言った。肝心の工場の在処がまだだったからだ。 「知ってどうするんだ?」 海老沢が聞いて来た。「きっと、工場にボヤが起きて中身は全て燃えてしまうよ……」 それを聞いた海老沢はニヤリと笑った。彼もクローン工場の事は気に入らなかったようだ。 海老沢が再び話を始めた。「鹿目化学の湾岸工場に併設されている野菜工場がそれだ」 海老沢のスマートフォンに問題の工場が映し出されていた。それの隅っこの方に窓が片側にしかない建物が写り込んでいた。「もっとも、野菜工場と言っても露地などで作られるものじゃないんだ」 海老沢は問題の建物をスイープで拡大して見せた。「今、流行のLEDライトを使用した人工光の工場なのか?」 先島は

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第34-2話 不老不死細胞

    「だから大関と鹿目の関係さ。 なんで大関はクーカを使ってまで鹿目を脅したがるんだ?」 チョウを狙撃したのはクーカであろうことは分かっている積もりだ。近所の防犯カメラにクーカらしき人影が映っていた。証拠としては弱いが嫌疑をかけるのには十分だ。「……鹿目が北安共和国との約束を守らないからだ」 渋々という感じで海老沢が語り出した。 鹿目は北安共和国首領用の移植用臓器作成を請け負っていた。だが、違う臓器を渡していたようだ。「なんで鹿目がそんな危ないことやるんだ?」 鹿目は財界の大物だ。配下に一流と言われる会社を幾つも持っている。彼の企業があげる収益から見れば臓器密売などチリにもならない。「人の命運を握るのは魅力的だったんだろう…… たぶん」 確かに一度移植を受けると定期的な検査が必要になる。元の情報を握っている方が立場上有利なのは確かだ。どんなつまらない事でも人の上に立ちたがる人間は居るものだ。「そのデザインされた内臓を培養してある程度大きくなったら、提供された人間に移植して培養していたのさ」「提供された人間?」「北安共和国から提供された人間だ。 彼等は日本人の中で培養された臓器を使うのを嫌がるんだよ」「良く分からん拘りだがね……」 そう言って海老沢は笑った。「鹿野は生体培養を担当して、大関は提供された人間を管理していたんだ」「お前さんの役割は何だ?」「俺は人間を運ぶのが仕事だ。 主に漁船を使ってやっているがね……」 昔は覚せい剤などを沖合で取引する『セドリ』とい手法があった。だが、海上警備や港湾警備の強化で現象していると聞いている。「大関はどう関与してるんだ?」「その話を鹿目に持ちかけたのが大関だったんだよ」 大関はクスリ関係の密輸取引で北安共和国と繋がりがあったらしいと公安のファイルにはあった。「もっとも奴の目的は別だったけどな」「別?」「自分のクローンを鹿目に作らせようとしてるんだよ」「権力を待った人間なんてみんな一緒さ。 来世救済を信者に解く癖に自分は死にたくないんだとさ」「笑っちまうよな……」 海老沢はクックックと押し殺したように笑っている。余程面白かったのだろう。身体が震えているようだ。「ところがだ…… その検体に致命的な不具合が見つかったんだよ」 ひと通り笑い終わった海老沢は話を続けた。「人を食いつぶ

  • NAMED QUCA ~死神が愛した娘   第34-1話 招かれざる者

     海老沢邸 先島は車の中で鼻をぐずぐずさせていた。さあ、海老沢邸に乗り込もうとした途端に、いきなり大きなくしゃみをしてしまったのだ。(風邪でも引いたかな……) 何だか出鼻をくじかれた思いだった。(今日は正面から訪問するか……) 前回に海老沢に会いに来た時には、クーカに狙われて助かった理由が知りたかっただけだった。 だが、色々な事情を探る内にクーカの戦闘に対する考え方が分かって来た。彼女は自分に敵対する意思の無い者には、攻撃をしないのだと確信していた。 それは彼女自身の強さに起因しているのだろう。 クーカの詳細な人物リポートを読むと、クスリで強化された兵士である事がハッキリと書かれている。それまでは噂で伝聞される類いの物だけだった。強さに裏打ちされた自信。彼女が史上最強の暗殺者と呼ばれる所以であろう。(まあ、実際にあのジャンプを見ると納得出来るものが有るよな……) 何度も驚異的な跳躍力を目の当たりにすると、納得できるものがあったのだ。 今回の海老沢への訪問は、大関と鹿目の関係を探るのが目的だ。クーカが二度も来たのには理由があると考えていたのだ。 先島は門を潜り抜け玄関の呼び鈴を鳴らさずに屋敷内に入っていく。すると居間に海老沢が居た。「……少しくらいは礼節を弁えたらどうなんだ?」 海老沢は憮然として言い放った。元々、警察嫌いだし公安は輪をかけて嫌いなのだ。「やあ、聞きたい事があって来たんだ」 そんな問いかけを無視して、先島が張り付けたような笑顔で語り掛けた。「普通は門の所にあるインターホンで用件を言うもんだろう」 先島が門を潜り抜けた辺りから気が付いていたらしい。海老沢の御付きの者たちは下がらせているようだ。揉めるのが嫌だと見える。「大関と鹿目の関係が知りたくてな……」 先島は海老沢の恫喝など気にせずに言い放った。「当人たちに聞けば良いんじゃないのか?」 海老沢としても余り関わり合いになりたくは無い様だ。クーカに関わったばかりに部下を八名ほど失っている。後処理が非常に面倒だったのだ。「どっちも宗教界と財界の大物だ。 木っ端役人なんか相手してくれるわけないだろう?」 先島は少し肩を竦めながら返事をした。「教えるにしても俺には何のメリットもねぇじゃねぇか」 海老沢が吐き捨てる様に言って来た。その木っ端役人は自分の所なら気

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status